プネーの(ラジニーシ)OSHOアシュラムへ行ってきた。
ラジニーシ(1931−1990)については毀誉褒貶イロイロ言われてきたが、その最も有名なのが『セックス・グル』ということ。「フリーセックスこそ悟りを得るための最短」と公言してはばからなかったのだから、『セックス・グル』と呼ばれるのもむべなるかな。
このあたりのことは、かつて側近として仕えたヒュー・ミルンなるイギリス人の告発本に詳しい。
私はインド・グル関係の本はほとんど読まないのだが、この本は夢中になって読んだ記憶がある。
ラジニーシ・堕ちた神(グル)
多国籍新宗教のバビロン
ヒュー・ミルン著
第三諸館
(1991年12月1日初版)
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この告発本を読んだ上で、それでも私はラジニーシが好きでした。
本を読む気もなかったからラジニーシの教えがどんなものなのかも知らず、私はただ書店に並んでいる分厚い本のカバー写真を見てビジュアル的に興味をもっていたのだ。いかにも「インド・グル」らしいなぁ、、、とインチキ臭い顏を見てはニヤニヤしていたし、数々のスキャンダルもまた「人間らしくってオモシロいじゃないか」というラジニーシ・ファンなのです。
サイババに対してもそうだが、聖人賢者と呼ばれるグルの言葉は、「ときには信じ、ときには無視」しながら、さらに聖地巡りはする、要は屈折したカミサマファンなのです。
ただ、グルのスキャンダルを聞くたびに思うのは、ローカルだったグルが、何かの拍子でインターナショナルになるとき、グルといえども制御できないエネルギーに弄ばれることになるだろうということだ。
というワケで、
今回は、バグワン・ラジニーシがOSHO(和尚)として生を終えたグルのネタです。
OSHOのアシュラムはムンバイから南東へ約200キロ、プネー(プーナ)という地にある。私のプネー訪問は最初から計画していたことでもなく、ゴアで遊んでいたとき、パナジ(ゴア)→プネーの直通バスがあることを知り「それならムンバイに行く前に立ち寄ってみようか」と、例によって行き当たりバッタリの風まかせ。
パナジ(ゴア)を朝10時に出て、プネー着は夜10時くらいだったと思う。その夜はバス停近くのホテルに泊まり翌日アシュラムに下見に行ったワケだ。アシュラムはプネーという町にあるということしか知らず、どんな所なのかの予備知識もなかったのだ。
翌朝アシュラムに向ったのだが、プネーの中心からリキシャで20分くらいだったかな。インドの見慣れた喧噪を離れた、観光客にも一般のインド人にも縁のない閑静な一角にOSHOのアシュラムがあることにまずビックリ。というのも、聖地とかアシュラムは何ヶ所か知っていたから「OSHOのアシュラムもあんなもんだろう」つまり、土産物屋が軒を連ね、ホテルの客引きやリキシャマンが手ぐすねひいていて、ときには声を潜めて誘うバイニンも、、、。勝手にそんなイメージを抱いていたのだが、これらはすべてハズレだったのだ。
アシュラムの近くの安ホテルに宿をとって、、、などと計算していたのだが、アシュラム周辺に観光客相手の施設はナニもないし、したがって客引きもいない。このあたりにもOSHOの特殊な立ち位置が理解できる。
広大な敷地をもつアシュラム・メーンゲート
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初っぱなから肩すかしを喰らわされたわけだが、まずはレジストレーションオフィスに出頭しスタッフにシステムの概要を確認。パスポートチェックや写真撮影などの登録手続き。写真はパスに貼ることになる。
特筆すべきは登録に際してはエイズ検査が義務づけられているのだ。アシュラム内の感染症蔓延には特に敏感になっているようで、集団瞑想中に咳やクシャミが出そうになったら直ちに退室し、収まっても瞑想ルームに戻らないでくださいと注意されるほど。したがってエイズなら尚更注意だ。エイズ検査は指先に針を刺して採血する方法で、検査結果は20分ほどで判明、陰性であればパスが発行される。
もちろん私は陰性だったから、翌日から併設するゲストハウス宿泊の予約を済ませてその日は再び市中のホテルへと戻る。
翌朝バックパックを背負い事務所に出頭して、その日が滞在初日のビジター20人ほどでオリエンテーションを受けるのだが、これらはすべて英語。私にはほとんど理解不能だから、日本人サンニャーシ
に通訳をお願いしてどうにかこうにか納得。なんと!ここにもロシア人多しだ。
オリエンテーションのあとはパスを受け取りアシュラム生活が始まるのだが、さすが、ゲストハウスは部屋代が高い分設備は万全。
OSHO GUESTHOUSE
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それまでに利用したホテルはだいたい1000円程度をメドにしていたのだが、このゲストハウスは6000円(食事別)程度だから、バックパッカーを名乗るにはちょっと恥ずかしい。それでも、たまには快適な環境の元で過ごすのも悪くないとナットクさせたワケだ。
あとで知ったのだが、セミナー参加目的などの長期滞在者は経費節約のため、このゲストハウスでなくアシュラム近辺の民宿などと週単位月単位で契約しているそうだ。
宿泊費には含まれない食事のことを書いておくと、アシュラム内にはメーンのキャンティーンの他にコーヒーハウスが2ヶ所あって、おおかたの滞在者はそこで食事を摂ることになる。現金のヤリトリは無く、あらかじめオフィスでバウチャーを購入しておき、入場料やレストランの支払い、売店での買い物などアシュラム内はすべてこのバウチャーで済ませる。
これは500ルピーのバウチャー2枚。
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利用した金額相当分をペンで消すアナログ方式だ。
食事は完全菜食のビュッフェ形式で何種類も並んでいる料理から食べる分をとり、最後にバウチャーで清算する。それぞれの料理に値段も表示してあるから自分の予算に応じて皿に盛ればよい。ただし、皿への盛りつけにはルールがあって極端な大盛りはやめてくださいということのようだ。この料理がじつに美味しく、そして菜食だから便通もすこぶる良好。
キッチンはガラス張りのオープンなっていて衛生管理面でも信頼して大丈夫。それまでインド各地で見てきた使用済みコップをバケツに汲みおいた水でチョチョッとゆすいで次のお客につかうなどということはない。こういうキッチンで作られた食事を瞑想の合間に摂るワケだから、身もココロも清浄になっていきそうだ。
そして瞑想プログラムだが、朝の瞑想はピラミッド型の屋根をもつOSHO Auditoriumというメーンのホールで6時から始まる。
瞑想はこの朝の瞑想から夜6時40分スタートのEVENING
MEETINGまで1時間ほどのサイクルで行われ、もちろん参加不参加は各自の自由。部屋で休養しても良いし、プールで泳いだりテニスに興ずるのも瞑想の一種だ。そうそう忘れていた。アシュラム内では男女とも赤紫色のローブ、また夜のEVENING
MEETINGは白色のローブ着用が義務づけられているので、この2色のローブを事前に売店で買っておく必要がある。水着も赤紫色と決められている。
白いローブ着用のこのEVENING
MEETINGはユニークで、ステージには生バンドが入り、バンドの奏でる音に身体を委ねているうち自然に動きは大きくなっていく。グループ あるいはペアになって決められた共通のステップを踏むということでもなく、あくまでも個人単位だ。
このEVENING MEETINGをOSHOは最重要と位置づけていたそうで、時間も2時間くらい要したと思う。リズムに合わせて身体を動かすのも瞑想。ノドが張り裂けんばかりに絶叫するのも瞑想。大木が朽ちるように身体を床に投げ出すのも瞑想。もちろん大地に抱かれるように横たわるのも瞑想。参加者は自分のやり方で己の内面に没入していくのだ。
最後は生前のOSHOの講話ビデオが流されるのだがすべて英語だから細かい内容まで私には理解できない。だからOSHOの顏を見ているだけ。OSHOの眼は独特の光を放っていてマバタキもしない。大きく見開いた黒目勝ちの眼をじーッと見つめていると吸い寄せられていく感覚に陥る。プロジェクターでこれだから、もし生身のOSHOと対面していたら「このグルのためなら俗世間のすべてを投げ出して、、、」ということになっても不思議でない。
信者を急激に増やしていったカリスマ性というのはこの眼だなッと読んだ。
ここでオリエンテーションでのことを思い出した。生前のOSHOはジョークが好きだったという。このEVENING MEETINGで放映されるビデオの中でもそのジョークシーンが出てくるから、面白かったら笑いましょう。意味が理解できなくても構わないから笑いましょうという説明があったのだ。例え演技であっても大きな声を出し身体をよじらせて笑うのも瞑想というワケだ。
各瞑想にはリーダー役が黒いローブを着て立ち会うのだが、特に瞑想指導するふうでもなく、彼らから何かを強制されることもない。それぞれのスタイルで瞑想を楽しめば良いのだ。ただし、明らかに批判的態度を崩さない参加者にはやんわりと退室を促しているようだ。
このような瞑想プログラムと平行するように、セラピスト養成のセミナーも開催されていて、世界各国からプロを目指す人々が参加している。一定期間のセミ
ナーを受け修了するとOSHO団体認定のセラピストを名乗ることができるのだろう。とうぜん、職業としてのセラピストを目指すことより、セミナーで学んだ結果を自己分析に役立てようという参加者もいるようだ。
OSHOの講話ビデオは「Yes OSHO」という女性の声で終わりEVENING MEETINGも終わるのだが、もしかすると、英語の講話のあとの「Yes OSHO」には、日本語しか解らない私に想像もつかない何らかの仕掛けがあるのかな?
冷静な観察者の立場に徹していた私はフト思ったりするワケだ。
夜9時、ピラミッド型のOSHO Auditoriumは月明かりの中に浮かび上がり、瞑想を終えた白いローブの男女が掘り割りの水面に映える図というのは、この絵柄だけを切り取れば充分にカルト集団そのものだぜ。
いわば公的ともいえる瞑想プログラムが終了したあとは、広場にバンドが入り、お酒も飲めてのリラックスタイム。夜のリゾート地そのものの雰囲気になってしまうのだ。
3泊4日のわずかな体験での判断になるのだが、瞑想プログラムはOSHO側、宿泊食事管理はリゾート地開発会社という、2つの団体のノウハウを合体させビジネス化したのがこのOSHO INTERNATIONAL MEDITATION RESORTではないだろうか。
「瞑想を学びたいと思って来ました」
登録時、アシュラム訪問の理由づけを一応こんなふうに話したら、
「ここは学ぶ場所ではありません。体験する場所です」
ニコヤカな笑顔でこういう答えが返ってきた。
確かに!
たまにはこういう体験をする時間を持つことは必要ではないだろうか。
イロンなリゾート地で遊んだから、
次の休暇は瞑想なんかで過ごすのもイイかも、、、。
こんな動機で訪れるのもオモシロイかもしれません。
ただし子供のための設備はな〜んにもありません。
あくまでもガキ抜き、大人だけのリゾート地だということをお忘れなく。
(つづく)
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